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2009.04.20 (Mon)

第31回 長誉館・志葉会のお知らせ

第31回 長誉館・志葉会のご案内

平成21年5月10日(日)に第31回目の長誉館・志葉会を開催いたします。

志葉会5周年の節目の会の講師には、かねてから尊敬いたしている

株式会社イエローハット創業者、掃除に学ぶ会・日本を美しくする会相談役の

鍵山秀三郎さんをお迎えすることになりました。


参加ご希望の方はメール:shiyoukai@mail.goo.ne.jpまでご連絡ください。

締め切りは5月6日(水)です。


        いのち光る

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2009.03.10 (Tue)

第30回 長誉館・志葉会のお知らせ

第30回 長誉館・志葉会

平成21年3月22日(日) 第30回目の長誉館・志葉会を開催します。


今回の講師はやぶちゃんこと薮原秀樹さん

やぶちゃんは、ニッポンが良くなることを願って、さまざまな人の応援をするために

日本全国を走りまわっています!

今回の志葉会では、普段はあまり語ることのない「やぶちゃんの生きてきた道」を

お話しいただく予定です。


参加ご希望の方は、3月18日(水)までにお申し込みくださいね。


           やぶちゃんチラシ

                    ↑
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2009.01.10 (Sat)

第29回 長誉館・志葉会のお知らせ

第29回 長誉館・志葉会

平成21年最初の志葉会を、1月25日(日)に開催いたします。

講師はホスピス研究会OKAZAKIの金田亜可根さん

「いのち」について考えようというテーマの下、

今日、「いのち」あることの素晴らしさという演題でお話いただきます。


亜可根さんはとってもお料理がお上手。

当日はご自身で漬けられたたくあんを持って来てくださいます。


みなさん、是非ご参加ください。

参加お申し込み、お問い合わせはshiyoukai@mail.goo.ne.jpまで。

          亜可根さんチラシ
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2008.11.08 (Sat)

第28回 長誉館・志葉会 お知らせ

第28回 長誉館・志葉会を11月23日(日)に開催いたします。

今回の志葉会のテーマは、「いのちいろいろ」

講師には、画家の斎藤吾朗先生をお迎えし、

「赤い糸に会えば」という講演テーマでお話いただきます。


斎藤吾朗先生は日本人で初めて、ルーブル美術館より「モナ・リザ」の

公認模写を許された画家でいらっしゃいます。

(20世紀以降、「モナ・リザ」の公認模写を許されたのは、

 マルク・シャガールと斎藤先生の2人のみ、なんですよ!)


温かな斎藤先生の人柄に触れ、皆様と一緒に素敵な時間を過ごしたいと思います。

今年の締めの志葉会です。是非、ご参加ください。


お問い合わせ、参加ご希望の方は shiyoukai@mail.goo.ne.jp までご連絡ください。


斎藤吾朗先生
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2008.09.22 (Mon)

第27回 長誉館・志葉会 ありがとうございました

昨日、無事に第27回目の長誉館・志葉会を開催することができました。

さとこ先生、そしてご参加くださった皆さん、本当にありがとうございました。


今回も大久保守晃さんが講演録をまとめてくださいましたので、

ここにご紹介したいと思います。

守晃さん、ありがとうございました。


20080921 第27回長誉館・志葉会 「いのちのハーモニー」
〜世界一のコーラスを導いて〜「幸せな私」 岡崎高校 近藤恵子(さとこ)先生

 最初に世界大会でのコーラスと受賞の瞬間のDVDを見てもらって華やか感じを持たれたと思いますが、日常はけっしてそんなことばかりはありません。
 昭和43年に愛知教育大学音楽科を卒業し、新任で岡崎高校へ赴任した。進学時に国立しかダメだと父に言われ、三重大学音楽科と愛知教育大音楽科に合格したが、名古屋に分校のあった愛知教育大に進んだ。
 進学校の岡崎高校に赴任すると、「僕は先生よりレベルの高い大学へ行くんだから・・・」と言う生徒にぶちきれた。こんな生徒でいいのだろうか?当時女子生徒は家庭科を取り、男子生徒は芸術を取っていた。音楽の時間は男子生徒の息抜きと遊びの時間だった。そんな生徒たちに「音楽って面白い!」ってことを伝えたくていろいろ試して頑張った。
 当時の合唱部は人数もそんなに多くなくて、2年目に初めてNHKコンクールで指揮をした。岡崎高校としては初めて愛知県で1位になり、東海北陸ブロックで3位になった。2年から3年になるぐらいでやっと良い声が出てくるのに、当時は3年になると受験のために部活は引退。もちろんやったとしても夏までが普通。NHKコンクールは最初は夏前の県大会の合唱のビデオで東海北陸大会は審査され、それで全国大会の出場が決まっていた。50回大会からビデオ審査ではなく、平成5年に「生」で審査することに変わった。歌った人が実際に全国大会で歌うためには、当時11月の大会まで練習が必要になった。それならとNHKだけでなく全日本コンクールまで出ることになる。受験生を11月まで練習させることに非難ゴウゴウだった。でも当時のコーラス部の3年生は本当に勉強も頑張り、「朝起きたら、世界が黄色く見えた」というぐらい勉強してくれた。NHKコンクールでは岡崎高校の名前は有名だったが、全日本はそれよりも圧倒的に大きな大会で、そこで認められるようになったのはそこから。
 最初の3年生はほとんど第一志望の大学にも合格し、そのお陰でコーラスと勉強を両立するという雰囲気ができた。もちろん今でも受験のために途中でやめるという生徒もいる。それはそれで認めている。歌は心から歌いたいという気持ちがないと、気力がなくなった子はやっぱり良い歌は歌えない。無理強いは絶対にしない。一部の3年の先生は理解してくれないで、コーラス部を最後まで続けられなかった生徒もいるが、今では3年生までコーラス部をやるのは当然という雰囲気になった。
 いろいろな世界的なコンクールはそれまでもあったが、2000年に合唱オリンピックをやろうという機運が盛り上がった。私は知らなかったが、ぜひ男女混声部門で出ないかとお誘いを受けた。生徒を何十人も連れてヨーロッパへ行くというだけで精一杯で、何とか無事帰ってくることだけを考えていた。合唱オリンピックでは世界のいろいろな団体の合唱も素晴らしいし、聴衆の反応も素晴らしかった。
 自国の曲、他国の言語の歌、現存する作家の歌、自由曲の4曲を歌う。武満徹の編曲の「さくら」で始めた。妙などよめきが起こった。聴衆の反応がすごくて、私は嬉しくなってしまった。観客の喜びに舞台の上の生徒もみんな燃えた。それで乗ってしまった。信じられなかったが1位金メダルになってしまった。
 第2回も連続金メダル。第3回はブレーメンの大会で、出番が日曜の朝の合唱。休息日の朝で観客が余りに少なく、私自身もまったく乗れなかった。岡崎高校生は観客が多ければ多いほど乗ってくる。
 文化にかけるお金、気配りは、その国のやはり民度が表れる。第4回の中国のアモイ大会は残念ながら、設備も良くない会場だった。雨風や雷が館内に響くような状況の中での舞台だった。その時は行く時の飛行機が悪天候で荒れたことから何か良くないムードだった。なぜそんな煩い状況で演奏を中断しなかったのか?会場、運営にも不満はあったが、残念ながら3位だった。
 5回目の今年は立ち見が一杯の会場で、スゴイ聴衆の反応で第1回大会と同じような勢いを与えられた気がする。金メダルを頂いた。
 選曲した曲『五木の子守唄、おてもやん』は、楽譜を作られた若松先生に直接交渉して、疑問点を伝え、生徒たちと工夫した部分の変更をお願いし、大会のギリギリまで変更しながら曲を作った。
 被爆した作曲家ノブナガさんの作った『廃墟から』。原爆で廃墟となった姿、それを二度と繰り返してはならない。それを作曲家として音楽で伝えなくてはならないという責務が込められていた。それもギリギリに英訳して楽譜に資料添付した。
 華やかな『五木の子守唄、おてもやん』と本当に重い『廃墟から』など組み合わせて歌った。最後の『ライオン・キング』は本当に盛り上がった。
 
 岡崎高校では大勢の合唱だけでなく、アンサンブルもやっている。少人数でもやることで、ひとりひとりの力を、個性を伸ばす。ひとりひとりを伸ばすことで、全体の合唱も素晴らしくなる。
 コーラス部に入ってくる子は歌の歌いたい子ばかり。みんなそれぞれ中学でそれぞれやってきた自信を持って入ってくる。でも磨かれた2、3年とはまるで違う。そんな1年生が入ってきた4月は動物園状態。そんなところからひとりひとりが自分の力を客観的に見る力を身につけながら成長していく。自分が大きな声を出すだけでなく、出すべき音をしっかり出す。他人の声を聞く。音をあわせる。和音を作る。・・・と少しずつ学んでいく。先輩は下級生を指導する伝統もできている。
 「お尻の穴と頭のてっぺんを串刺しにして・・」
 「頭の上のほうで声を出して」
 「お尻のほっぺたを持ち上げて」・・・・そんな「Satoko語」も使って伝えていく。
へその下の丹田が一番大切。武術も同じ。丹田とお尻も大切。声は体で出す。肺ではなく、お腹で呼吸する。空気がおなかに入るわけではなく、横隔膜を下げるように呼吸すること。そういうことを体で確認させながら、まず声の出し方を教える。それを先輩と一緒にやっていく。
 自由に声が体全体から出せるようにすること。ひとりひとりがそれぞれの声を出せるようにして、そのそれぞれの力が協調しあって出せるように。隣の人を声を聞くとは、隣の人の声を認めるというのは、隣の人の人格を受け入れる、認めるということ。人は誰もが長所と短所を持っている。それを認め合って、力をあわせていく。合唱団には一人も無駄な人はいない。一人残らず必要。そういうことを合唱を通して教えていきたい。

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 2006年5月17日読売新聞で紹介された近藤先生の言葉
『ハーモニーを作るとき、一人ひとりがいい声を出すだけでは、いい結果は生まれない。友達の声とともに人格までも受け入れなければならない。そこには拒絶反応もあるだろうし、葛藤もある。それを超越していかなければならない。』


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